引き出しの入れ間違い
僕はその当時東京に上京して三ヶ月ほど、やっと東京の生活にも慣れ少しづつ羽を伸ばし始めた頃 僕のアパートは、家賃18.000円、二階の角部屋、共同トイレ、風呂なしの四畳半、辛うじて台所がついていて自炊するのには十分だった。横に京急が間近に走り平和島競艇がすぐそばにあった。 僕をやっとの思いで、鍼灸の専門学校に出してくれた親にそれ以上の贅沢を言えるわけもなく望みもしなかった。 東と南に窓はある物のたとえ二階角部屋と言っても東側は、手を伸ばすと届くほどの処にビルがあり南側も民家に挟まれ昼の一時頃から30分ほど日が入るようないかにも東京らしいアパートだった。 しかし、僕にとっては初めての一人暮らしの大切な城であり、そんな悪条件も逆に東京に住んでいることを実感させていた。 バイトはほとんど食べ物屋か夜間の肉体労働、両方とも食事が付いていたのが選んだ理由だった。 体はきつかったがとりあえずバイトに行けば、食事にありつける。 一日一食は、確保できる。 僕が東京で暮らすための知恵である。 そんな知恵がいつも疲労と寝不足を生んでいた。 その日も、夜中まで焼き肉屋のバイトをこなし薄給を手に一緒に働いている仲間と居酒屋へと繰り出した。 それほど飲んだわけではなかった。 生ビール一杯とその当時はやっていた酎ハイを三杯ほど飲んで、自分の城へと帰っていった。 夜中の一時をすぎると、京急も最終が通り過ぎやっと寝付くことができる。寝ているような寝ていないようなそんなときこんな声が聞こえてきた。 1 1 1 1 「僕だよ」 1 1 1 1 1 1 1 1 「僕だよ」 1 1 1 1 小さな子供の声だった。聞こえるか聞こえないか、小さなか細い声はしっかりとした意志を持って僕に問いかけてくる。うつろな目をこすりながら、声のする方を何となく見てみるが四畳半一間の小さな空間を確認するのに時間などかからなかった。また声が聞こえる。 1 1 1 1 「僕だよ」 1 1 1 1 「僕だよ」 1 1 1 1 「僕はここだよ」 1 1 1 1 「僕はここだよ」 1 1 1 1 「窓を見て」 1 1 1 1 「僕はそこにいるよ」 1 1 1 1 「見える?」 1 1 1 1 「見える?」 1 1 1 1 「ほら!そこの窓を見て」 1 1 1 1 「僕はここだよ」 1 1 1 1 「見てごらん窓を、僕はそこにいるよ」 1 1 1 1 「ここにいる、僕はここにいるよ。遊ぼうよ」 |